壁全体、そして、床や天井にもある無数の”トゲトゲ”。神秘的な光景にも見えるし、ちょっと「怖い」と感じる人もいるかもしれない。
「このトゲトゲは、電波が壁や床などで反射することを防ぐためのもの。私たちは『電波吸収体』と呼んでいます。電波を吸収しやすいカーボン含浸発砲ポリウレタン製で家庭用の台所スポンジと同じ素材です。室内で発せられた電波がこのトゲトゲに当たると弱くなるんです」(KDDI研究所の中野雅之研究マネージャー、以下同)
実はここ、KDDI研究所の地下にある「電波無響室」。室内で電波の反射を無くすだけでなく、高導電性の金属で一ミリの隙間も無くびっちりと部屋を覆っているため、中からの電波が外に漏れることを防ぎ、そして外からの電波が中に入ってくることを防いでいます。
「auブランドで携帯電話やスマートフォンの新機種をリリースする際には、ここで電波状態をテストすることが多いです。また、基地局に設置する長さ約2mのアンテナのテストも、この電波無響室で行われることがあります」
外界にはさまざまな電波が飛んでいるので、一般環境だと正確な測定が困難な上、ここで発せられた電波が外に漏れてしまうと混信などの原因となる。そうした問題をクリアした上で、テストを行う施設として、電波無響室が存在するのだという。
ところで、この部屋には電波吸収体だけでなく、大人の男性ほどのサイズの人形も置かれている。
「これは、ファントムと呼んでいまして、お客さまがケータイやスマートフォンを持っても、きちんと電波が届くかを検証するためのものです。人体は比較的電波を遮りやすい性質を持っているので、このようなテストが必要になります。かつては、生身の人間が実機を持ってテストしていたこともあったのですが、同じ姿勢をとり続けると疲れてしまいますよね。そこで、ファントムが開発されました」
現在使われているファントムは、世界初のもの。従来は、できる限り人体の構造に近づけるべく、内部に食塩水が入ったものだった。しかし、それだと重すぎて、ファントムを回転させるテスト(どのような体勢でも送受信できるかを確認するために行われる)の際に、測定器が損傷する恐れがあった。そこで、電波を遮る性質の人体を模しつつ、軽量化を図ったカーボン製となったそうだ。
電波に関するデータを測定・分析する研究者というと、黙々と数値を収集するイメージを持つ人もいるかもしれない。しかし、取材に応じてくれた中野さんは「日々、移り変わりの激しい仕事ですね」と教えてくれた。
「ケータイ、スマートフォンの周波数帯は年々増えています。当初からある800MHz帯に始まり、1.5GHz帯、2GHz帯……そして、次世代の周波数帯として3.5GHz帯も利用される予定です。これらを並行して運用するためには、1つの基地局に設置してあるアンテナの数をいかに増やさずに、複数の周波数帯を発することができるようにするかがカギ。こうした周波数共用アンテナのスペックを向上させるためには、日々生まれる課題に取り組んでいかなければなりません」
こう話してくれた中野さん、KDDI研究所に配属される前は、KDDIで端末設計やエリアの設計・基地局のアンテナ設計に携わっていたそう。
(株)KDDI研究所 無線プラットフォームグループ
研究マネージャーの中野雅之さん
「屋外で電波調査の仕事をしていた10数年前、測定器が変な電波をキャッチした、なんてことがありました。当時、『地下など携帯がつながりにくいところでも、きちんと電波を捉えます』というような中継器がインターネット上で売られていたんですね。ただ、これには隣の周波数に影響を与えないためのフィルター性能が十分でなく、お客さまの電波を妨害していました。無線局免許を受けていない違法な商品だったわけです。そこで自分で違法電波をキャッチする装置を作って、違法電波が検出された場所を関係当局に届け出て、直接お客さまの通信品質改善を行うという経験もしました」
スマートフォンで”つながる”ことは、もはや当たり前のことなのかもしれない。だがその裏には、ユーザーが安心して快適に通信を利用するための、スタッフたちの日々の研究と、その積み重ねがあるのだ。
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