忘れられる権利とは、インターネット上で個人情報を公開された人が、ネット事業者にデータ削除を要求できる権利のこと。この定義は、2014年3月に欧州連合(EU)議会が可決した「データ保護規則」(規則はEU域内で法的効力を持つ)に盛り込まれたものによる。
2010年代に入ってから生み出された新しい権利だが、その背景には、インターネットでありとあらゆる情報が入手できるようになった反面、個人情報もさらされやすくなった現実がある。例えば、検索サイトで「A川B男」という人について調べると、「A川B男 ○○株式会社」「A川B男 陸上競技」など、サジェストされた単語だけで、その人の仕事や趣味などが分かってしまう場合がある。多くのネットユーザーにとって、思い当たることだろう。
2011年にはフランスで、他人に見られたくない自分の写真が表示されるとして、女性がGoogleを相手に裁判を起こし、検索結果からの画像削除を命じる判決が出されている。以後も、欧州で同様の訴訟が起こっており、EUが忘れられる権利を法的に認めたのも、これらの問題に対処するためだ。
忘れられる権利に対して、検索サイトやソーシャルネットワークサービス(SNS)といったネット事業者は対応を進めつつも、「報道の自由、知る権利を侵害し、検閲となる恐れがある」と主張している。これに対し、欧州委員会のビビアン・レディング副委員長(司法担当)は、法案審議中の2012年に「歴史を抹消する権利ではなく、新聞(の過去記事の削除までは求めていないこと)が良い例。表現・報道の自由の方が優先される」と、ほかの権利との対立を否定する見方を示している。
今のところ、忘れられる権利を法律で明文化しているのはEUのみだが、同種の問題は世界中のどこでも起こり得ることだ。日本でも、個人に関わる情報の「さらし」や、それに伴う「炎上」が起こると、忘れられる権利が報道で取り上げられることもある。行政や企業、そしてネットユーザーである一般市民が考えていくべき問題であり、また、議論がより深まっていくことで、忘れられる権利の範囲や性質も変化、拡大していく可能性があるといえるだろう。