ご存じのとおり、電子や光子、陽子、中性子、クォークといった、いわば物質の最小単位のものを量子と呼ぶ。この量子の世界の振る舞いを描くのが量子力学であり、それはわたしたちの日常生活で体験する物理法則とはまったく違う、とても奇妙な世界だ。
その奇妙な現象の1つが「重ね合わせ」だ。日常生活では、例えば1個のサッカーボールが、リビングルームと勉強部屋の両方に同時に存在するということはあり得ない。だが、量子の世界では、1個の電子が同時に異なるところに存在すると考えるのが許されるのだ。理由は聞かないでほしい。筆者の能力ではこの紙幅での説明は難しい。いずれにしても、これを「重ね合わせ」という。
量子コンピュータとは、この量子力学の原理にのっとったまったく新しいコンピュータの概念を指す。従来のコンピュータが0か1かで情報処理をするのに対し、量子コンピュータは0と1の間に「重ね合わせ」によって無数の情報を保持させ、超並列的に計算する。それによって、処理速度を飛躍的に上げ、現在最速のスーパーコンピュータが数千年かかる計算を、なんと数十秒で解いてみせるのだ。
当初は概念にとどまっていた量子コンピュータだったが、1994年にAT&Tベル研究所のピーター・ショアが量子アルゴリズム(計算の手順)を考案したのを機に、一躍開発競争が激化した。ただし、実用化には早くてもまだ数十年はかかるというのが大多数の専門家たちの意見だった。少なくとも2000年代までは。それが2010年代に入ると、その実現に向かって次々と新しい発表がなされ始める。以下、簡単にではあるが、年ごとにトピックを追ってみよう。
2011年5月。カナダのD-Wave社が世界初をうたった商用量子コンピュータを発売し、大手航空機メーカーの米ロッキード・マーティン社が購入する。翌年、本当に量子コンピューティングが実現されているのか疑問だとする声に対し、そうであることを確認した調査論文が英科学誌ネイチャー誌に投稿される。以降、議論はあるものの、量子コンピューティングの実現自体は確実視されている。
2013年5月。このD-Wave社から商用量子コンピュータの二号機が発売され、かねて量子コンピュータの研究を公表していた米グーグルが購入。米航空宇宙局NASAと共同で設立した研究所に設置する。
2015年3月。ノーベル賞候補にも挙げられる量子力学の第一人者である東京大学大学院教授の古澤明氏が、量子コンピュータ実現に必要な技術である量子テレポーテーションを光チップで実現したことを英科学誌ネイチャー誌に発表。
いかがだろうか? 量子コンピュータの開発がまさに日進月歩で進んでいることが分かるだろう。
では、その先に何があるのか。
前述の古澤氏は、量子コンピュータの実現によるエネルギー問題の解決、そしてこれ以上の地球温暖化を止めることを「夢」として語っている。
その原理が多世界解釈=パラレルワールドというSF的な世界観を実証するといった非実用的な考えも含め、私たちの夢をかき立てる量子コンピュータの未来はまだ始まったばかりなのだ。